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Q.新卒採用の際に、優秀な学生を確実に採用するために、「入社支度金」を支払うことを検討しています。金額は50万円で、採用したい一部の学生に対し、採用内定時に個別に打診することを考えています。会社の考えとしては「入社支度金」を支給したのに、内定を辞退されたり短期間で退職されたりしては意味がない。入社支度金の全額返還など、何らかの制約を設けるべき」との意見があがっています。大学卒業前の学生に対し、このような対応を行うことは問題になるか。
A.採用内定時の入社支度金支給は、単なる贈与であれば問題ないが、内定辞退や短期間での退職を理由に支度金の返還を求めることは、労働基準法5条、16条の趣旨に反し無効となる可能性がある。
入社支度金は、単なる贈与という意味で支給するのであれば法的に問題ありません。しかし、優秀な学生内定者を確実に採用する目的で支給する以上、内定者から就業開始前に内定辞退がなされた場合や、就業開始後一定期間以内に自己都合で退職した場合などには、返還を求めることも予定されると思います。
このような金員は、労務提供の対価である賃金ではなく、あくまでも会社と内定者とが雇用契約の成立を確認し、勤労意欲を促すことを目的として支給される支度金(サイニングボーナス)になります。支度金の制度は、内定者側からすれば、受領した支度金全額を返還することに躊躇する場合、その意思に反して、就労を開始して一定期間勤務を継続することを余儀なくされることになります。そのことが雇用関係の継続を不当に拘束するものとして、労働基準法5条(強制労働の禁止)、16条(賠償予定の禁止)に違反するかが問題となります。
労働基準法は5条で「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。」として強制労働を禁止するとともに、16条で「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」として賠償予定の禁止を規定しています。
このような労働基準法5条、16条の趣旨から、採用に際して労働者に支度金等の名目で金銭を支給し、一定期間勤務を継続しなかったことを理由に返還を求めることは、実質的に労働者の退職の自由を拘束すると評価され、無効となり得ると解されます。
以上から、採用内定者に支給する「入社支度金」は、単なる贈与であれば支給に問題はありませんが、返還約束については、その趣旨が「内定辞退されることを防ぐため」であり、内定辞退がなされないよう就労の開始を拘束することを意図したものといえます。また、50万円の金員を内定辞退時に一度全額返還することを求める場合、学生の内定者であれば内定辞退を躊躇せざるを得ないといえます。このような事情を考慮すれば、入社支度金に返還の約束を付けることは、労働基準法5条、16条に反し、さらには労働基準法13条「この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。」により、無効となる可能性があります。ですので、入社支度金を支給する際は、この点を留意しながら採用活動を行われることをおすすめします。
この記事を書いているのは・・・ 八重樫 一行(やえがし かずゆき)/特定社会保険労務士 ご相談はこちらから |